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このページは私の書評や映画評などを載せていきます。

書評

 1998年5月19日

・『絶対音感』 最相葉月 小学館 1680円

 「それは天才音楽家へのパスポートなのか?」このフレーズに心を引かれて本書を手に取ってみた。結論から言えば、絶対音感はパスポートではなく、絶対的な才能への憧憬の賜物であることが分かる。絶対音感という言葉の響きが、素人だけではなく、専門家でさえも、不思議な世界へと引き込んでしまうのである。
 著者は、絶対音感という言葉とであい、その謎を解き明かすために、音楽家へのインタビュー、絶対音感を身につけさせるための教育の歴史と現状、科学的解明等、様々なアプローチを試みた。特に面白いと思ったのは、なぜ日本人に絶対音感を持つ人間が多いかを解明した点である。日本では、絶対音感を身につけさせるための教育を戦前から行ってきたのである。そして今も続いている。これは、絶対音感という誤ったパスポートを求める日本人の姿から、いかに私たちが音楽の本質から遠いところにいるかを物語っている。
 「音楽は言葉で説明するものではない。」筆者は敢えて音楽家のこの固定観念にぶつかっていった。私たちは、すばらしい音楽・美術などに出会うと言葉を失うほど感動する。言葉を使うことのむなしさを、常に感じている。しかし、音楽の本質を伝えるための手段として、言葉を持つことも大切ではないだろうか。この書を閉じたときに、天才音楽家へのパスポートを目にすることは出来なかったが、音楽を言葉で語ることの大切さを強く感じた。

映画評

1999年7月16日

・『Breaking the Waves』(邦題:奇跡の海)  

 ハリウッドの大作に代表されるような映画とは、対局にある作品である。あらゆる画面を手持ちのカメラで撮影し、構図のぶれを気にしない。これは、多くの映画が、「美しく」撮ることを目指しているのとは、対照的である。むしろ美しくとることを否定している。この映画を美しく撮影したら、全く価値のないものになっただろう。その理由は、ストーリーと関係している。
 ストーリーは、1970年代初頭のスコットランドの寒村ー教会の長老達が厳格に村の掟を決定しているーにおいて、一人の信仰心の厚い女性が外から来た男と結婚したことから始まる。その男が不慮の事故で重傷を負った。そこで、女性は愛する男を助けるために、狂気に近い宗教心によって、いろいろな男に身を任せる。その結果、自らは命を落としたが、愛する男は、「奇跡的に」命を取り留める。愛する男のために自らを犠牲にするという「純愛物語」を、正反対の「狂気の愛」として、徹底的に「美しくなく」撮影した。監督のトリアーは、「善」を描こうとしたと、述べているが、この「善」の意味を理解することは、私にはできない。しかし、このような映画が訴えかける何かが、あるような気がする印象深い作品である。
 また、1970年代の音楽、エルトン・ジョンやロッド・スチュアートなどが効果的に使われており、独特のムードを高めている。

込江研究室

十文字学園