Jumonji発 カラフルガールズ 『国際目線のWebマガジン』睦月号
(2015.1)

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川口・王子取材旅行

 11月15日、川口にあるSKIPシティと王子にある渋沢栄一史料館にいきました。
(石黒恵)

川口・王子取材

 川口と王子の取材はとても楽しかったです。  川口ではSKIPシティで、映像制作の歴史や映像制作の体験をしました。私は、映画やテレビに興味があったので、楽しく見ることができました。最後のカップヌードルのコマーシャルを作ってみて自分なりに色々工夫ができました。
 王子では、偉人の渋沢栄一の史料館に行き、渋沢栄一と、学校の設立やJR東日本やみずほ銀行といった企業との関わりについて知ることができました。中でも、印象に残ったのは、レコードが置いてある機械のスイッチを押すと、渋沢栄一の声が流れていたことです。渋沢栄一の声は、なんだか死にそうな声だなと思いました。
 他に、印象に残ったことといえば、史料館を出てすぐ右に曲がった庭みたいな広場のベンチにパンツ一丁のおじさんが寝ていてとても危なかったです。志村けんみたいな変なおじさんはいいですが、あれは危ないと思いました。正直。でも、もしかしたら、あの人が第二の渋沢栄一ではないかとなんとなく思いました。 今回の取材で、私は映像制作の楽しさや渋沢栄一の偉大さについて学ぶことができました。
(石黒恵)


小道具を観察する私たち

楽しい取材旅行

 11月15日、朝日に向かって、先生と一緒に川口のデジタルSKIPステーションへ見学に行きました。その目に残ったことなんですが、ジュウタンの世界旅行、「ローマの休日」のシーンの模擬、メディアの発展史、広告の映像編集などいろいろありますが、その中で何と言っても鉄道メディアアートはいちばん素晴らしいと思います。彼らの計画はまだ実現されないかもしれませんが、でも、私はその日を期待します。
(チョウマンカ)


先生の説明を聞いている学生たち

 取材旅行に参加して

 平成26年11月15日、ゼミでデジタルSKIPステーションという博物館と渋沢史料館に行きました。博物館でいろいろ見て、映像の原理が少しわかるようになりました。渋沢史料館に行く前に、渋沢栄一という偉い商人の勉強しておいたので、史料館の資料もわかりやすくなりました。
 今回一番印象に残ったのはやはり編集体験に参加したことです。最初に見せてもらった約30秒の広告は普通で簡単だと思いました。しかし、先生にその広告のつくり方を教えていただいて、自分でいくつかの映像と音を合わせてみたら、この難しさがわかるようになりました。時間がきつかったので、最後は完全に終わらずに、残念でした。ですけれど、もう一つの技術が身についてよかったと考えます。 たくさん写真を取って、本当に楽しかったです。日本にいる短い一年の間にいろいろ体験できて、みんなに感謝しています。
(カク トウトウ)


公園でハイチーズ!

渋沢栄一から学ぶ

 11月15日王子への取材をきっかけに渋沢資料館と青淵文庫と旧渋沢庭園を見学した。渋沢の記事を見て、偉人の印象がいっそう深くなった。たくさん貴重な人生哲理を学んだ。
 渋沢栄一は少年時代から家業に従事し、その商売に才能を発揮し、周囲を驚かせた。子供のときから、心の優しいことでしられた母親の影響を受けて、正義感が強かった。それに、人の進むべき道を教える『論語』に親しんで、本の中の教えが渋沢の一生の人生観を決めた。事業に取り組む一方では、身よりのない子供や老人たちのための日本最初の義護施設を作り、人材を育てる教育にも力を注ぎ、国際親善や世界和平のためにも大いに貢献した。「個人の富の独占を否定し、得た利益を社会に還元する」のは渋沢の考えだ。 たぶん、渋沢の事業の才能は天からもらったものだろう。でも、渋沢にとって経済の発展を彼の道徳は切っても切れない関係にあると思う。富と地位は万人の欲するところだけど、まず自分の道徳を上げるのはもっとも重要なことだと思う。
(ヨウリュウ)

川口の見学

 今週の土曜日に私たちのゼミのメンバーと一緒に川口の見学へ行きました。 まず、私たちはSKIPシティへ行きました。そこで映像学習や映像制作や企画展などいろいろなことを見ました。私が一番感心したのは映像製作の体験です。映像制作の体験ゾーンで映画の歴史、原理、そして映画製作のプロセスの学習のみならず、実際に装置を体験することができました。この施設は楽しく学べる「参加体験型」のミュージアムです。
 次に、私たちは渋沢史料館へ行きました。渋沢栄一は埼玉県深谷市に生まれ、日本の近代経済社会の基礎を作った人です。渋沢栄一は自分の得た利益を社会に還元しました。さまざまな会社も作りました。私たちは渋沢栄一の別荘で散策して、少し近づいたように感じられました。 最後に、午後3時ごろに現場で解散しました。
(トウセツバイ)