「学生と学長との懇談会」を終えて
この「学長室から」の第二回(平成23年4月)に「学長室がどこにあるか知っていましたか」を掲載しました。その最後に次のように書いています。
学長室の場所とだいたいの様子はわかっていただけたと思います。
みなさんに自由に、いつでも学長室に来てもらうことができないのは残念ですが、ぜひ多くの学生の人たちに来てもらいたいと願っています。それで増田副学長にお願いして、「学生と学長との懇談会」を定期的に開催してもらうことにしました。私としては月に一回程度、10人くらいの学生と懇談し、大学への要望、学生生活の様子などを聞かせてもらいたいと思っています。ケーキと紅茶くらいは用意しますので、そういう機会があったら積極的に参加してくれることを期待しています。よろしくお願いします。
こうしてこの懇談会は始まり、私としては10回くらい開けるものと予想していたのですが、私の都合と学生の都合とがうまく合わず、結果は残念ながら6回にとどまってしまいました。
実施状況は次のようになっています。
第1回 5月21日(土) 代表委員会委員 13名
第2回 6月28日(火) クラブ部長会委員 10名
第3回 7月19日(火) 全学科から希望者 9名
第4回 11月10日(木) 短期大学部の留学生 7名
第5回 12月14日(水) 社会情報学部学生有志 8名
第6回 1月31日(月) 桐華祭実行委員会委員 7名
私は本学の教学に関わるようになってようやく5年が経ったところで、学内のもろもろの事情に疎いところがあります。特に学生の自治的な活動についてはその仕組み、実情をほとんど知りませんでした。それで今年度は主としてそれを学びたいと考え、その関係者と懇談することにしたのです。おかげでずいぶん勉強になりました。
桐華祭(大学祭)の計画、実行にどれほど多くの学生が参画し、大変な努力をしてくれていたのか、昨日の懇談を通してよくわかりました。また、学生のみなさんが大学に対してどんな注文をもっているのか、学長に聞いてもらいたいことがたくさんあることも理解できました。
その一方で私の方でもどうしてそういう仕組になっているのか、そのことは一体だれの責任で決まっていることなのか、疑問に思っていることについても訊きましたが、ずっと昔からそうなっているという答えだったりして、これから私自身で調べたり、誰か教職員に尋ねてみなくていけないと思ったこともありました。
その意味では私自身にとっては成果のあった懇談会でした。
ただ、最初想定していた希望する学生と自由に懇談する機会という面では不十分だったかと感じています。最終回の懇談の終わりに学生から、また学長室を尋ねてもよいのか、という質問がありましたが、その点では最初に書いたように大歓迎です。しかし、外部の会議に出向いていて不在の時もありますし、学長室で会議をしていたり、来客の対応にあたっていることもあります。まったく自由に、不意に訪ねてこられても困ります。それで希望者は学生課の深谷さん、総務課の山形さんに問い合わせて学長室の都合を聞いてみてからにしてもらうことになります。よろしくお願いします。
最後にこの懇談会の開催にあたっては増田副学長ほか学生支援企画委員会、学生課のみなさんにたいへんお世話になりました。特に毎回準備にあたり、さらに出席してお世話してくれた学生課深谷さん、ケーキや紅茶の準備にあたってくれた総務課山形さんに厚く御礼申し上げます。
また、4月以降よろしくお願いします。
(平成24年1月31日)
三つの雑誌原稿を書いて
この「学長室から」をすっかりご無沙汰してしまった。
12月14日(水)の5時限目に学長室で「学生との懇談会」を開き、社会情報学部の2年生、3年生8人の人たちと懇談したのだが、その中で一人から「7月から、学長室からの文章も新しくなっていませんね」と指摘されてしまった。読んでくれていたんだ、といううれしさと落胆させていたのだという申し訳なさで複雑な気持ちにさせられた。
それで急遽の再開である。
言い訳を許してもらえば、ものすごく忙しかったのである。大学の公務もそういう時季だか、そこへ中教審の二つの仕事、学校現場に入っての共同研究と重なって沖縄県や神奈川県にも出かけていたのだった。しかもこの間の10月、一時に三つの雑誌から執筆の依頼があり、その原稿を仕上げなければならなかった。
公務や公務に准ずる仕事は何はおいても果たさなければならないが、原稿執筆は義務とまでは言えないから引き受けるかどうか迷ったが、与えられたテーマが私にとって「書いておきたい」ものだったので、書けるかどう不安を抱えながら引き受け、結果としてはその責を果たすことができた。
それだけでなくその三つの原稿のテーマが一つながりとなって、さらに大きなテーマがみえるようになってきた。
依頼された順にそのテーマを書き出すと、次のようになる。
A 「『授業の力』とは結局のところ何なのか」(金子書房『教育フォーラム』)
B 「教員養成をめぐる議論のゆくえと教師力の向上」(学事出版『月刊高校教育』)
C 「教育の質の危機をどう克服するか」(教育調査研究所『教育展望』)
私は現在の日本の教育の危機、あるいは困難はその「質」の問題にあると考えてきた。「量」の側面、例えば学校の普及とか、教師の配置とか、物的な充実とか、そういう問題についての議論があることは承知しているが、本当の課題は「質」の低下、特に教室における「授業」が児童・生徒に対して「力」を失ってきていることにあるし、その原因の一番は教師の力量の低下にあると考え、機会のたびごとに論じ、訴えてきたつもりであった。
しかし、「授業の力」という問題を正面から論じることはして来なかったので、Aを与えられたとき、その課題の切り口に瞠目し、非常にうれしくなったのだった。
「力」というのは対象に対して作用する力のことであり、例えば「テレビの力とは」でも「小説の力」「絵画の力」、さらには「フェルメール(の絵)の力」としても課題として成立する。そして本質をとらえる大事な切り口になる。
「授業の力」は一般には、扱われる教材が含む知識・技術の「力」だと考えられてきた。それが明治維新期に始まる近代学校の任務でもあったわけである。しかし、その後、扱われる教材(知識・技術)に「力」があるのではなく、授業という場そのもの、教師と児童・生徒との出会い、児童・生徒同士の(授業という場における)交流にこそ「力」、つまり価値があるという考え方が気付かれてくる。
それは教師の腕、「力」を重視する考え方でもある。
Aでは日本の学校における授業がたどった歴史をふり返って授業の本質をどう捉えるかを論じてみた。そして私自身の立場を後者、教材そのものより教師に「力」の源泉をみる立場を明らかにしてみた。それは当然、教師論につながり、教師の力量向上策の議論へとつながることになる。
それはBの原稿の内容となる。
私は現在中教審・教師の資質能力向上部会の一員で、9月に発足したWGに属していて、そのまとめ役に就いている。教師論は個人としての関心を越えて、実際の政策課題と直結しているのである。Bではそうした課題の検討状況をわかりやすく解説できたのではないかと思っている。
こうしてみると最後に書いたCが全体的な課題を表現していることになる。
原稿執筆の順番ではなく、議論の順にすればC→A→Bということになる。
各雑誌はこれから刊行される。
Aは『教育フォーラム』(金子書房)49号、Bは『月刊高校教育』(学事出版)2012年1月号、Cは教育調査研究所『教育展望』2012年1・2月合併号である。機会があって一読いただければ幸いである。
(平成23年12月17日)




